かっこ良く、楽しく「倉庫」を使いこなす文化を創るために 2/2
インタビュイー:太刀川瑛弼(デザインストラテジスト/NOSIGNER代表)、池田浩大(Re-SOHKO inc.社長)
インタビュアー:田中元子(建築コミュニケーター/mosaki)
編集・写真:大西正紀(mosaki)
モノのための倉庫から、人のための倉庫へ
— しかし、池田さんはどうして、空室対策を越えて、もっと倉庫を楽しく使ってほしいと考えるようになったのですか。
池田:リノベーションのルーツは諸説ありますが、調べていくと前衛芸術運動のフルクサスの創始者、ジョージ・マチューナス(1931-1978)が、アーティストのために使われなくなった繊維倉庫を改修しはじめたことのようです。それがSOHOのはじまりにもなった。僕はそれを知ったときに、改修やリノベーションそのものよりも、その裏にある思想やフィロソフィー、カウンターカルチャー的なものに感銘を受けたんです。
僕らの倉庫のスペリングは『SOHKO』なんだけど、たまに客さんに「H」が入っているのは、「倉庫」と「SOHO」を合体させたのでしょ、と言われることがあります。そんなつもりはなかったけど、考えてみれば、「倉庫」はすごい大事なものを保管するもので、「SOHO」は人間の生活や仕事という大事なことを行う場。
そういうルーツ的なものをいろいろと調べたり、いろんな人に会う中で、倉庫と人とが、改めてつながっていきました。
— 設えや色を変えてリノベーションして、新しい形で使われていくというだけではなく、そこにひとつの哲学があることが興味深いですね。
太刀川:最初の依頼も、この部屋をただリノベーションして貸すということではなく、ケーススタディーをつくりたいという要望でした。その時点で、とても不思議なクライアントです。だって、収益のためにこれをやるのではなく、倉庫文化がクリエイティブになるためにこれをやるんだと。そのために時間もお金も費やす覚悟があるとおっしゃるわけです。
そこに僕はストレートに応えて、どこまで行けるかやってみようと思いました。だからこの倉庫のリノベーションは基本何もせず、白い空間としました。その代わりに、ボックス型の家具と、ウェブサイトをつくるなんてことも最初にはなかったけど、やりましょうと。
ウェブ上にオープンソースのプラットフォームには、若手の建築家たちがアプライしていくこともあるだろうし、リソーコさん以外のところでも、倉庫をクリエイティブに使ってくれる人が勝手に増えていくかもしれない。そいう風を吹かせられれば、必ず自社にも還元してくるはずです。
— なるほど。倉庫を格好良く、楽しく使いこなしていくためのツールがウェブ上にオープンソースとしてある。それを自社だけで抱え込まず、みんなで共有することで、ある種の文化にまで昇華させたいというわけですね。
この倉庫のある周辺は、まさに海辺に近い埠頭ですが、何かに使おうというときに立地の問題もありそうです。そのあたりはどうなんでしょうか。こういう立地だからできることというのは、逆にあるのでしょうか。
太刀川:倉庫は空間の質などを抜きにしても、まず広い、天井が高い、安い、そして海に近いということがあります。ニューヨークのダンボ、ブルックリンなどもそうですが、最初にそういうところに可能性を感じて移り住んでくるアーティストたちによって、次にヒップな場所に変わっていくわけです。
そして、まさに池田さんがされようとしていることで、東京の湾岸の倉庫が面白くなっていって、未完なものに挑んでいる人がどんどん、この周辺に集まってくる状況になったら、面白いわけです。品川にもリニアの駅ができるし、そういったエリアの相乗的なポテンシャルも秘めています。
— 確かに倉庫はもともと人がいるために整備されたものではないから、そこに人が来るなら、その人ならでは、その会社ならではの居心地を自分たちでつくれるという点が、人と倉庫の相性がいいところですよね。
太刀川:そうなんですよ。エレベーターも業務用だから、パレットサイズなんです。今回つくったボックスと共にオフィスごと旅をするとか、ありだと思うんです。
池田:パレットサイズは、コンテナにも乗りますから、海外にも行けますね(笑)。
— アーティスト・イン・レジデンスみたいなこと、例えばデザイナー・イン・レジデンスみたいなことが、世界中の倉庫から倉庫へ、このボックスと一緒に移動するとかできるわけですね。
太刀川:そう。そんなことできたら、メチャクチャ面白いですよね。
倉庫は、どんな人の能動性をも受け入れる
— これまでに倉庫の面白さに向き合った建築家は、何人もいたと思うんです。でも、それをやりたいと思った倉庫オーナーは珍しい。池田さんは、倉庫業界では、ちょっと変わった人ですよね。
池田:自分では堅実な、古いタイプの倉庫屋だと思っているのですが(笑)。僕には、倉庫から面白いことをやりたいという想いがある一方で、やっぱり倉庫業の歴史には絶対的なリスペクトがあります。だから、ただ新しいものをつくるわけではなく、そういう軸を持ちつつも、倉庫の可能性を広げたいんです。
太刀川さんがおっしゃったように、このプロジェクトがきっかけで、オープンソースが知らないどこかで使われていってもいいし、「これってオープン倉庫デザインなんだぜ!」って友達に自慢してくれるようになれば、さらに面白くなる。確かに倉庫をリノベーションして活用するのは、ハードルが高いかもしれませんが、DIYのような感覚で、ひとつのオープン倉庫デザインに触れて、つくってみて、そのうち実際に倉庫に入りたいなって思ってくれたら、そんなきっかけにつながればいいですよね。
— なるほど。従来の倉庫というものを捨てずに、倉庫を拡張させていくということが大事なポイントですね。倉庫を転用するなら、もう倉庫と言わないということもできるけど、そうはしない。
太刀川:物流が自動化していく未来において、一般的にはいい物流センターとはその規模と交通ハブに近いことが大事で、居住性や駅からの距離などは関係ない。それよりも、交通のターミナルに近く、巨大でかつ人とは無関係のロボットによる場所であればいい。そういう物流センターもだんだんできはじめています。そういうものは、それで発展していけばいいんです。
けど、池田さんの会社が所有している倉庫たちの多くは、港区の超都心にあって、さらに海のそばで天井が高い。だからこそ、僕らがその空間を読み解き直すと、それは人にとってものすごく魅力的な空間なんです。だからこそ、人との接点をたくさんつくるためのリノベーションに可能性があると、池田さんは思ったわけです。一般的な未来の倉庫業にとって魅力的にあるということとは、離れてしまっているのだけど、人のために寄り活用できる。そのことに僕はとても萌えます。
— 純粋に物流のための倉庫と、人のための倉庫が共存していればいいわけですよね。上階ではロボットたちが24時間動き続けていて、けど、道に面する1階の倉庫では、人々の営みが展開されているといったように。池田さんの会社の倉庫たちは、そういうことが実現できるような、都市型の倉庫が多いのですね。
池田:そうですね。物流というのは、「輸送」「保管」「包装」「荷役」などとさまざまな要素でつくられているのですが、倉庫のルーツを辿ると、もともとは何と言っても「保管」のための施設です。だから、古いタイプのこの倉庫も、保管型倉庫になります。こういう倉庫で大事なことは、いかに保管でき、そして同じ状態で出庫できるかということです。
しかし、現代の物流施設は、流通加工など、それまでには無かった要素も含めてつくられています。だから、最近の大型物流施設などは、4トントラックが高層階まで行けるランプウェイが付いていたりします。もはや昔のタイプの倉庫とは、設計の思想から違うわけです。
太刀川:たとえば正倉院のような建築は、まさにルーツ的な倉庫というわけですね。
池田:そうですね。古来、一番大事なものを入れておくのが倉庫だったんです。最初はお米ですよね。その昔、お米はお金そのものでしたから。
でも、今はやっぱり、僕らが、人が生きている空間が一番大事なんじゃないかと。そうしたときに、この倉庫のような旧来型の倉庫は、時代の役目を終えつつあるのかもしれないけど、人のために新しい使い方ができるのではと考えたわけです。
— お米や大事なものを預けていた倉庫は、人間らしさや自分らしさをも預けることができたと。そして、それを実現させるためのツールが、この子というわけですね。池田さん、これはとてもいい話ですね。
池田:本当にそう思います。
物流業界は、いつも人不足です。もともと暗い、汚い、危険な3K仕事と呼ばれていた業界ですから。改善は進んでいますが、さらに人口は減少していくし、なかなか前向きな状況はありません。
けど、それでも一倉庫屋として言いたいのは、倉庫屋でもクリエイティブなことに関われるんだよっていうことです。別に図面が描けなくても、ソースコードを知らなくても、何かやれるチャンスはいっぱいある。とにかく、ここから何か新しいものが生まれて、倉庫ってかっこいいなって勘違いして、面白がってくれたら素敵です。
さらに将来、そこで面白がってくれた人たちが、また次の世代のデザイナーたちと手を組んで、かっこ良くて変なことをやってくれたら面白いですよね。
— 面白いですね。亜流みたいな人とか、ぱくりみたいな人が、逆にどんどん出てきたら超面白いですよね。
池田:そういうの、いいですね。逆にニュータイプが出てきて、こっちも燃えるじゃないですか。
— 多分このプロジェクトが影響して、いろんなこと起きていくかもしれないけど、今日うかがったような、根本の概念が伝わることがとても大事だと思います。さらに、どうしてもデザイナーや建築家とか、ソースをつくる側がフィーチャーされがちだけど、オープンソースの時代により進んでいくと、ユーザー側の使いこなし方をフィーチャーされていかなくてはいけないのかもしれません。
プロフィール
太刀川 瑛弼(たちかわ えいすけ)
デザインイノベーションファームNOSIGNER代表。ソー シャルデザインイノベーション(社会に良い変化をもたらすためのデザイン)を生み出すことを理念に活動中。建築・グラフィック・プロダクト等のデザインへ の深い見識を活かし、複数の技術を相乗的に使った総合的なデザイン戦略を手がけるデザインストラテジスト。その手法は世界的にも評価されており、 Design for Asia Award大賞、PENTAWARDS PLATINUM、SDA 最優秀賞、DSA 空間デザイン優秀賞など国内外の主要なデザイン賞にて50以上の受賞を誇る。災害時に役立つデザインを共有する「OLIVE PROJECT」代表。内閣官房主催「クールジャパンムーブメント推進会議」コンセプトディレクターとして、クールジャパンミッション宣言「世界の課題を クリエイティブに解決する日本」の策定に貢献。 University of Saint Joseph / Department of Design 客員教授 慶応義塾大学SDM 非常勤講師 法政大学工学部建築学科 非常勤講師。
池田浩大(いけだ ひろお)
株式会社リソーコ 代表取締役社長。ディスプレイ会社勤務を経て、1920(大正9)年創業の倉庫会社・東京倉庫運輸入社。2006年、日本最大級の空き倉庫・物流不動産情報サイトを運営するイーソーコグループらとリソーコを設立し、代表取締役に就任。ヴィンテージ倉庫をクリエイティブオフィスやスタジオなどに転用する「倉庫リノベーション」事業を推進し、数多くのリノベーション事例の企画・コーディネートを手掛ける。第20回日経ニューオフィス賞「推進賞」「経済産業大臣賞」を受賞したTBWA博報堂オフィスのプロパティマネジメントや、ドイツデザイン賞2016「特別賞」を受賞したWALL CLOUDのプロデュースなどを担当。Amazonインテリアデザイン部門1位を獲得したムック『ウェアハウススタイル』(枻出版社)など、書籍のプロデュースも手掛ける。東京倉庫運輸取締役副社長、イーソーコ総合研究所取締役などを兼務。